○日記

男としてのレベル上げの記録です。

「街道をゆく」を読みました。

職場の人のすすめで、街道をゆくを読んでみました。司馬遼太郎の作品は好きですが、このシリーズは初めて。昔、金沢に赴任したときに関係ありそうな巻を読んでみようかと思ったんですが、ちょっとマニアックな気がして、なかなか手が出ませんでした。

とりあえず興味が持続しそうな巻ということで、今回は、出身地に近い「会津・白川」、母校近くの「本郷界隈」、職場に比較的近くの「本所深川、神田」を読んでみました。会津・白川は、司馬遼太郎の思い入れたっぷりなこともあり、とても面白く読めました。一方で、後の2巻は、全体的にあっさりしていて、司馬遼太郎の文章からもパッションが感じられませんでした。特に、本郷の方は、歴史散歩より文学散歩みたいな様相を呈しています。司馬遼太郎の夏目漱石や森鴎外観が伺えた点は面白いといえば面白いですが、個人的には文学散歩なんて期待してなかった!

以下、各巻ごとのメモ・感想です。

白川・会津のみち、赤坂散歩

判官びいきなのかもしれませんが、司馬遼太郎は、そうとうに会津好きなようです。読めば読むほど、戊辰戦争における会津の不幸に同情し、会津の正義感に感動しました。容保をはじめとした会津藩の義理堅さには目を瞠るものがある一方で、将軍慶喜や薩長に対する嫌悪感が湧いてきました。歴史は勝者が書き換えるものですが、容保が持っていた天皇の手紙などは、薩長の正当性に多いに疑義を示すものであり、歴史の教科書などで扱ってもよいのではと思います。

最後まで様々なことを語らずに亡くなった松平容保が唯一恨みを吐露したらしい、「何すれぞ大樹連枝をなげうつ…」という詩が印象的でした。

街道をゆく 33 白河・会津のみち、赤坂散歩 (朝日文庫)

街道をゆく 33 白河・会津のみち、赤坂散歩 (朝日文庫)

本郷界隈

江戸の終わりは、本郷の「かねまつ」だと江戸期には言われていたそうです。母校のすぐ近くっぽいですが、私はどこか分かりません。ただ、本郷までが江戸だとすると、相当に江戸は狭かったということですね。

この巻は、夏目漱石の話題が多くあって面白かったです。この巻の締めくくりは、漱石が東大生を描いた「三四郎」。司馬の三四郎の読み方が興味深く、自分ももう一度読みたくなりました。

街道をゆく 37 本郷界隈 (朝日文庫)

街道をゆく 37 本郷界隈 (朝日文庫)

本所深川、神田

下町というのは、東京に10年近く住んでいる現在でも正直よく分からない、曖昧なイメージです。東京という都市は、山の手と下町というわけ方をされることが多いですが、私は下町のほうに住んだことがなく、なんとなく神田、浅草、深川のあたりがそうなのだろうなと思ってました。本所深川や落語の解説を通じて、下町っぽさをなんとなく理解することができましたが、個人的にはあまり面白い内容ではなかったです。ちなみに、この巻の司馬さんは、本所深川を歩いていても、景観が変わりすぎて、江戸風情が感じられないと言って、ちょっとつまらなそうにしてます。

とりあえず、下町気質というものは、材木などを扱う職人、大工たちの気風のよい気質によって作られていったということがわかりました。深川遊女なども、客(=職人)の気質と同様に侠気があって、吉原遊女とは気質が違ったというのも面白かったです。深川遊女は、男名をつけて羽織を着ていたそうですが、気風がよくて侠気があるのがよいと下町気質が大いに反映されたためだそうです。

街道をゆく 36 本所深川散歩、神田界隈 (朝日文庫)

街道をゆく 36 本所深川散歩、神田界隈 (朝日文庫)